HOBIA NEWS No.397 2024.12.12
総会記念講演会の報告
報告:理事長 北野邦尋
今年の例会は、北海道大学大学院農学研究院の浅野眞一郎教授と経済産業省北海道経済産業局地域経済部 健康・サービス産業課の吉田宜史課長補佐を講師にお招きし、それぞれ「昆虫の産業利用」、「我が国のバイオ産業政策について」と題するご講演をしていただきました。以下に、当日のお二方の講演内容について私の理解の範囲で報告致します。
記念講演1「昆虫の産業利用」
(北海道大学大学院農学研究院教授 浅野眞一郎氏)
昔から産業利用されて来た代表的な昆虫はカイコ(蚕)であると思います。浅野先生のご講演も「養蚕は昔、北海道においても盛んに行われていたものの、その後衰退し、現在の北海道では、浅野先生の研究室のみと言っても良い状況にある。」とのお話から始まりました。
私も教科書では、弥生時代に日本に伝わったと言われる養蚕が、特に江戸時代から盛んに行われた事や、明治時代以降の一時期、我が国の輸出額の半分以上を占めて日本の近代化において大きな役割を果たしたことを知っておりました。先生のお話を伺って、改めて web 情報検索してみると昭和初めには、約 220 万戸あった日本の養蚕農家数は、現在では全国で 150戸以下になっていること(大日本蚕糸会 web site)が分かって少々驚きました。歴史的な絹の生産農家の減少は、代替品の化学繊維の登場や国際的なコスト競争によるものと思いますが、最近では、絹タンパクの均一性や生体親和性の高さと言った特性に注目した医療素材(手術縫合糸、人工血管、人工皮膚など)や化粧品などの材料としての需要もあり、絹の輸入が増える傾向にあるとのご説明がありました.
カイコの幼虫が作る繭糸はフィブロインとこれを取り巻くセリシンと言うタンパク質から出来ています。絹の本体であるフィブロインは、他の昆虫類やクモ類によっても異なる特性を持つ物が作られますが、最近では、カイコの遺伝子組換え体により、カイコで他の生物のフィブロインを作ることが出来る様になって来たとの事でした。
遺伝子組換えカイコはトランスポゾンをベクターとして利用して作出することが出来、クラゲ由来の蛍光タンパク質を融合させた蛍光シルクが開発されています。この様な“光る糸を使ったドレスが雑誌などで紹介されていたと記憶しています。浅野先生の講演では、このほかにも野蚕、スズメバチ、クモのシルクの性質を持つ新たな絹が開発されているとのお話があり、研究の今後の発展が楽しみです。
次に、カイコよる絹タンパク質以外の生産に向けた研究として「多角体タンパク質の利用」についての説明がありました。多角体タンパク質とは、細胞質多角体病ウイルスがカイコなどの昆虫に感染した時にできるタンパク質の結晶です。バキュロウイルス科のウイルスである NPV が、感染細胞の核に多角体を作る性質を利用して外来遺伝子を多角体遺伝子と置き換えて、カイコを使って目的とするタンパク質を生産する研究開発(ネコインターフェロンなどの生産)が行われており、環境負荷の小さい医薬品生産法として注目されているとのことでした。
講演の最後には、最近マスコミなどで多く取り上げられ、注目されている「昆虫食の価値」についてのお話がありました。
マクロ栄養素の比較では、タンパク質量の比較では、牛肉(肩ロース)が 56%であるのに対してカイコで 67.8%、イナゴで 76%と、昆虫が高タンパクの食材であることが示され、更にはウシで 40%程度の可食部の割合が、昆虫では 80%程度であるとの説明があり、近年問題視されつつあるウシなどの食肉用動物の飼育に係るエネルギーコストや環境負荷の大きさも鑑みると、昆虫を食料や飼料として活用することの有用性に改めて気づくことが出来ました。
世界における具体的な取組の事例として、南アフリカ共和国で、食品廃棄物を餌にしたハエの幼虫からマッグミール(ハエの幼虫から抽出したタンパク質を養鶏・水産養殖飼料として生産)、マッグオイル(ハエの幼虫から亜麻仁油に似た油を抽出し、家畜やペットフードに利用)、マッグソイル(ハエの幼虫の残滓とコンポストを混合した窒素分の多い)などの製品を製造・販売を行ったアグリプロテイン社のビジネスモデルの紹介がありました。
今回のご講演では、カイコを用いた新たな付加価値を持つ絹糸の生産法から始まり、カイコを医薬品の生産プラットフォームとする取り組み、カイコを含む昆虫を食料原料や動物飼料として利用することの利点など、「昆虫の産業利用」の可能性について幅広くご紹介頂きました。世界レベルでは、人口の増加や気候変動などによる食料生産の限界など深刻な事態が起ころうとしています。今回お話を伺った昆虫利用の新たな方法により、グローバルな問題解決に加え、我が国においても、養蚕を始めとする新しい昆虫産業が盛んになることを期待したいと思います。
記念講演2 「我が国のバイオ産業政策について」
(経済産業省北海道経済産業局地域経済部 健康・サービス産業課課長補佐 吉田宜史氏)
今回のご講演は、“バイオものづくり”と言う言葉で始まりました。
“バイオものづくり”とは、生物の能力や生物由来の素材を活用して製品を生産する技術や産業を指すものと思いますが、この “バイオものづくり”が、環境問題などの社会課題の解決と経時成長の二つを同時に叶えることが可能な技術となり得るとの説明がされました。
我が国では 2019 年に策定した「バイオ戦略」を、今年 6 月に、最新の国内外の動向を踏まえて 2030 年に向けた科学技術・イノベーション政策の取組の方向性を取りまとめた「バイオエコノミー戦略」に改称しています。同戦略では、持続的な経済成長と環境・食料・健康などの解決の両立に資する様に以下の 5 つの市場を、拡大を目指すバイオエコノミー市場として設定し、2030 年に国内外で 100 兆円規模の市場創出を目指すとのことです。
① バイオものづくり・バイオ由来製品
② 持続的一次生産システム
③ 木材活用大型建築・スマート林業
④ バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業
⑤ 生活習慣改善ヘルスケア、デジタルヘルス
このバイオエコノミー戦略の背景として国際的な状況の紹介もありました。米国では、2022 年 9 月 12 日に大統領令が発せられましたが、その中で、バイオものづくりが今後10 年以内に世界の製造業の 3 分の 1 を置き換え、その市場規模が約 4000 兆円に達すると分析し、バイオものづくりの拡大に向けた集中的な投資を行う方針が示されたことでした。
中国では経済成長及び天然資源不足に対応するためバイオ分野への研究開発に約 11 兆円以上の戦略的な投資を決定しているとのことでした。
次に我が国のバイオものづくりへのニーズの高まりの事例として、化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」、バイオ由来の生分解性プラスチックに代表される様な「資源循環」、食料需要の増大や SDGsへの関心の高まりを背景に、植物、藻類、昆虫の代替タンパク質、代替肉分野などを含む「フードテックを活用した新たなビジネスの創出」などの説明がありました。
経済産業省のバイオものづくりに関する支援策として 2023 年度~2032 年度(予算額:約 3000 億円(事業期間総額))の「バイオものづくり革命推進事業」、2020 年度~2026年度(予算額:26.4 億円(2024 年度))の「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」、2018 年度~2027 年度(2024 年度予算額:20 億円)の「新産業・革新技術創出に向けた先導研究プログラム」の紹介があり、また北海道経済産業局のバイオ分野への支援事例として Go-Tech 事業(旧サポイン事業)で採択した「高濃度 MGPB培養法および微生物製剤の開発」の紹介があり、今後農産物の未利用資源の利用へのサポートを行いたいとのお話がありました。
今回の例会のお二人の講師のお話で共通のキーワードとなっている「バイオものづくり」は、資源自立や化石資源依存脱却などの地球規模の社会課題解決と経済成長との両立を可能とする技術であり、北海道においても、より積極的に取り組むべき課題であることを理解することが出来ました。お二人の講師に改めてお礼を申しあげます.
食化研研究発表会の報告
報告:道立食品加工研究センター専門研究員、HOBIA 企画運営委員 八十川大輔
■日 時 令和 6 年 6 月 12 日(水) 13:15~16:45(受付 12:15~)
■場 所 札幌ガーデンパレス 2階 鳳凰(丹頂、白鳥、孔雀)
■主 催 食品加工研究センター
■関連機関 中央農業試験場、釧路水産試験場、
とかち財団、函館地域産業振興財団、オホーツク財団
■協力機関 北海道中小企業総合支援センター、北海道信用保証協会、
INPIT 北海道知財総合支援窓口(一般社団法人 北海道発明協会)
■内 容
○ 口頭発表 ○ ポスター発表 ○ 商品化事例等の展示
○ パネル展示 ○ 相談コーナー(技術・補助金・融資) など
6 月 12 日に令和 6 年食品加工研究センター研究成果発表会が開催されました。口頭発表は 8件、ポスター発表は 15 件でした。250 名の参加があり、そのうち企業からの参加者が 42%、団体からの参加者がが 16%程度でした。参加者のうち、約 4 割の方が初めての参加、6 割の方がリピーターの方でした。また、会場に設けられたブースでは食品加工技術の相談も受け付け、53 件の相談に対応しました。
口頭発表の「菓子用道産小麦粉の分級処理による品質向上」では、菓子用道産小麦粉を粒子のサイズで分ける(分級する)ことでスポンジケーキの膨らみや焼き上がりの柔らかさが向上することが示され、小麦粉を扱う企業の方などから参考になったとの評価をえられました。また、「道産米の利用拡大に向けた米粉の用途別加工適性」(中央農業試験場との共同研究)という発表では、パンの膨らみ向上、スポンジケーキの膨らみ向上、ゆで麺の歯ごたえ向上に適した米粉原料となる米の品種や米粉の特性を明らかにしており、今後の業務に活かしたいとの反響が得られました。
また、「セミハードチーズの熟成促進技術の開発」の発表では、実際の試食によって違いが体感できてわかりやすかったとの意見をいただきました。
来年は 4 月 18 日に札幌ガーデンパレスホテルにて開催予定です。
道庁組換え条例への公聴会報告
「遺伝子組換え作物・食品に関するリスクコミュニケーション」に参加して 報告:理事 冨田房男
2024年は、遺伝子組換え作物の商業栽培がはじまって29年目にあたる。当初は、生態系(環境)への影響や異種タンパク質の発現とアレルギー反応などについて十分な確証がないところもあってかなりの反対があったが、その後さまざまの科学的根拠が得られて北南米を中心に盛んに栽培が行われている。一方、日本では政府が様々の科学的データをそろえて遺伝子組換え生物等の「第一種使用等」承認を受けた作物、即ち、生物多様性に影響が生じないので環境中への拡散を完全には防止しないで農作物の輸入、流通、栽培が行えるものを156種承認している。
しかし未だに栽培は全くない。これは、一般消費者などの科学的理解が進まないことによるものと思われるが、これを知るための絶好のチャンスが訪れたので以下に報告する。
北海道農政部食の安全・みどりの農業推進局食品政策課主催の「遺伝子組換え作物・食品に関するリスクコミュニケーション」が 5 年ぶりに開催された(10 月24日)には、NPO 北海道バイオ産業振興協会理事として参加した。出席者は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業センター、地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部、NPO 北海道バイオ産業振興協会、北海道農業協同組合中央会 JA 総合支援部、ホクレン農業協同組合連合会、北海道有機農業協同組合、北海道経済連合会食クラスターグループ、一般社団法人北海道消費者協会、生活協同組合コープさっぽろ、生活クラブ協同組合北海道であった。
先ず政府から、農林水産省消費・安全局農産安全管理課、消費者庁食品衛生基準審査課、農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課、内閣府食品安全委員会事務局評価第 2 課新食品担当の担当者からスライドを使って精細な説明をいただいた.
① 「遺伝子組換え農作物の管理について~生物多様性を確保する観点から~」
農林水産省消費・安全局農産安全管理課から生物多様性を確保するための国際的な枠組み(カルタヘナ法)に基づく承認されたもの(問題のないもののみ)が輸入、流通、栽培等が栽培される。日本では食用・飼料用として使用することを目的とした遺伝子組換え作物の商業栽培はない。
しかし世界の主要な栽培国では、その多くを遺伝子組換え作物に切り替えている。トウモロコシ(米国)は、92%が、ダイズ(米国)94%が遺伝子組換え作物を作付けしている。日本は、飼料用や食用油、甘味料用等の原料として、トウモロコシ、ダイズを大量に輸入している。これらの大半が GM 不分別で輸入されることから多くが GM と推定される。遺伝子組換えダイズについては、運搬時にこぼれ落ちて生育したとしても生物多様性に影響はないと評価し、輸入や流通を承認している。つまり承認の際に予想されなかった生物多様性への影響は生じていない。
➁ 「遺伝子組換え食品等の安全性審査とゲノム編集技術応用食品などの取り扱い」
消費者庁食品衛生基準審査課から、「組み込む前の作物(既存の食品)、組み込む異伝子、ベクターなどはよく解明されたものか、ヒトが食べた経験があるか」、「組み込まれた遺伝子はどのように働くか」、「組み込んだ遺伝子からできるタンパク質はヒトに有害でないか、アレルギーを起こさないか」、「組み込まれた遺伝子が間接的に作用し、有害物質などを作る可能性はないか」、食
品中の栄養素などが大きく変わらないか」などを確認する。このように厳しい安全性審査を経て公表れたものは、9作物334品種あり、「特定の除草剤で枯れない」や「特定の成分を多く含むダイズ」や「害虫に強いや特定 の除草剤で枯れないトウモロコシ」も含まれている。ゲノム編集技術応用食品等は、事前相談で遺伝子組換え食品等への該当性を確認して、該当しないと判断された場合、届出を提出さて、消費者庁HPに掲載し公表する仕組みとしている。
➂ 「遺伝子組換え飼料等に係る安全性確認について」
農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課から、食品とほぼ同じことを確認している。このように厳しい安全性審査を経て公表されたものは、7 作物 104 品種あり、「特定の除草剤で枯れない、害虫抵抗性,線虫抵抗性や特定の成分を多く含むダイズ」や「害虫に強いや特定の除草剤で枯れないや特定の成分を多く含むトウモロコシ」も含まれている。
④ 「遺伝子組換え食品等に関する食品健康影響評価~評価指針の改定について~」
内閣府食品安全委員会事務局評価第2課新食品担当から、2004年に策定したものから20年経過したのでこの間の実績を踏まえた2024年6月25日に改正を行った。 その主なるところは、アレルゲン評価では、「IgE の結合能検討で不十分の場合、好塩基球活性化試験」を追加する、「個別品目の評価に DNA シーケンシングを活用する」、「摂取量の算定は、これまでの厚労省の国民健康・栄養調査結果の他行政機関が公表している食品接種量データやその他の文献情報
を基礎としたものとする」、「宿主の安全性、アレルギー誘発性、導入遺伝子の代謝系への影響など重点評価項目に関して WOE(weight of evidence)に基づくアプローチの考え方の導入」などを追加した
(http://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/index.data/gm_crop_technicaldoc.pdf)。
以上の 4 資料を用いて担当者からは、現状を十二分に説明を頂いたので、遺伝子組換え作物の生産・試験については、政府の規制に従って行えば何ら問題がないことがわかるはずである。
そこで私は、二重の規制は北海道の農家とって厳しいものであり、北海道条例は、撤廃すべきであるとの意見を述べた。また遺伝子組換え食品・飼料の流通・加工・消費も国が規定していることで十二分であり、これに加える規定は必要がないと述べた。
これに対して私以外は、現在ある政府の規定などは全く評価せず、科学的根拠なくただ不安であることと好き嫌いのみで北海道条例の維持を求める意見であった。これでは、世界の流れに遅れてしまうのである。
現在日本では、GM 作物は、栽培されていない。これには北海道のように条例で実質的な栽培禁止を行っているためでもあると思う。北海道の様に条例で GM 作物の栽培に当たり許認可が必要なのは新潟県のみであり、届出が必要なのは神奈川県である。しかし条例があるのは千葉県、京都府であり、指針等があるのは岩手県、宮城県、茨城県、東京都、滋賀県、兵庫県、徳島県である。また、第 1 種使用等で栽培が認められている作物は、158品種あり、ダイズは、23種、
トウモロコシは,96品種ある。ダイズには、私が興味があるグリホサート耐性品種も含まれている。またトウモロコシには、グリホサート耐性品種も含まれている。これらは、条例や指針などのないところではすぐにでも栽培可能と考えられる。
現在の新ゲノム技術(NGT)の応用に全く乗り遅れてしまい、日本の食料安全保障はどうなるのか心配である。私が特に心配するのは、自給率が極めて低いダイズ(自給率5%くらい)、トウモロコシ(ほぼ0%)が、心配である。また、イネもこれからの地球温暖化が進むと高温と高湿度に耐える品種はすぐに手に入るのだろうかと心配である。