去る6月24日、恵庭リサーチ・ビジネスパーク視聴覚室において、標記講座「地域に根付くか?花卉産業活性化のための新品種・新技術」が開かれましたので、以下に講演内容についてご報告いたします。
「花卉品種改良におけるバイオテクノロジーの利用」
(社)農林水産先端技術産業振興センター 企画調査部長 橋本 昭栄 氏
日本の花卉の市場は伸びている。消費量が増加しているのはもちろん、花卉育種から見た統計値も特徴的だ。種苗登録の半数が、花卉である。花卉の特徴は、登録者の1/4が、個人であることだ。種苗法が改正されて、世界的にも権利を主張できる厳しいものとなった。改正種苗法に準じているかどうかは、ラベルのPVPマークを確かめれば判る。種苗法登録されている印である。
花卉の育種法も日進月歩である。従来は、掛け合わせて次世代の花が咲くまで1年かかっていた。近年は、組織培養を活用して、遺伝子マーカーの解析によって、育種の成功の可否が1週間で判り、次の段階に進める。新品種の送出速度がアップしている。そもそも品種改良と言うことは、新しい形質を表に出すことで
あり、このことは、すなわち遺伝子の変化があったことを意味している。
育種には、原種を集める、すなわち遺伝資源を集めるという段階がある。ジャガイモはアンデス、ムギはメソポタミア、大豆は南中国など、我々が利用している作物のほとんどすべてが、海外にその起源を持っている。
新しい遺伝資源を得るために、原種の遺伝の収集を行うことも重要な仕事だ。しかし、近年、カルタヘナ議定書などの植物遺伝資源をめぐる国際条約類が、出てきた。FAOの農業資源条約、UNEPの生物多様性条約など、それぞれ違った主張をしている。規制措置によって、原種の国内への持ち込みには、契約と費用が発生するようになった。しかし、1993年以前の持ち込みは規制されず、大英帝国などで、過去に大量に持ち込まれた植物たちは、既成事実化されてしまった。
日本でも古くから花卉の育種は、行われてきた。その代表が、ソメイヨシノである。複数の原種細胞のキメラになっているので、木の寿命が、たかだか百年と短い。色変わりがたくさんある朝顔も育種の代表だ。色かわりの突然変異を利用している。
サントリーの植物ビジネスは、お酒の原料である、ブドウ、大麦の育種から始まった。方法としては、重イオンビームが、ある程度ターゲテイングができたので使いやすかった。
花卉ビジネスを開いたのが、「サフィニア」(ペチュニアの種類)であった。原種を集め直して育種しなおした。値段は、通常の三倍の定価がつけられた。初年度は、さっぱり売れなかった。しかし、つくば万博の年、サフィニアだけが、暑い夏を咲き誇った。大きさも2m50cmと大きくなる。これで一挙に有名になって、高い値段で引っ張りだことなった。元々の原種は、南米のものなので、暑さに強かった。従来品は、その育種の過程で暑さに弱くなっていたのだ。原種は蔓性で、花は小さかったのを大きくした。また、ウイルスフリーは、現在では、当然の技術であり、ELISAによって簡単に検査できる。
サントリーは、販売戦略にも工夫した。流通を変えた。「市場には出さない」方針で、価格を市場原理には任せなかった。新しい名前を付けてブランド戦略を行った。
組換え技術を利用した育種は、もともと無い遺伝子を入れるときには、この方法しかない。ウイルス耐性で始めた、ウイルスにやられると一晩で茶色になる。これを防げる技術は、需要が高い。色に関しては、青いバラを求めての育種家の長い歴史があるが、元来持っていない形質(遺伝子産物)は、突然変異や掛け合わせでは、絶対に出来ない。色の生合成系を解析することによって判った。これに10年を要した。花の色と色素を調べた。アントシアンと一連の色は、主に3種の色であった。ペラルゴジニン、デルフィニジン、シアニジンである。ペチュニアは、日本で最初の遺伝子組換え花卉だ。赤紫のサフィニア・ブルーが、全世界
に売れている。
一方、販売的には失敗もかずかす経験している。失敗例としては、ロングライフの花卉で、商品価値がなかった。消費者も販売業者もさほど喜ばなかった。白いトリニアも商品価値がなかった。花が、見栄えしなかったのだ。
青いカーネーション(ムーンダスト)1300万本アメリカで売れている。一方、日本では、100万本程度である。これは、花卉市場の成熟度の違いである。だから消費地に近い、エクアドルで作っている。
(当日、参加された女性へは、青いカーネーションがプレゼントされた)
「道立農試における花ゆり育種の現状と今後の展望」
北海道中央農業試験場 農産工学部 細胞育種科長 玉掛 秀人 氏
<ゆり生産および育種をめぐる状況>
花き市場は約1兆5千億円、70%が法人需要、30%が個人需要。国内の花き粗生産額は約6000億円で近年減少傾向だが、花卉輸入は470億円、やや増加傾向。北海道の花き粗生産額は160億円、このうちゆり切花は栽培面積83haで15億円の売り上げ、北海道の切花で第2位の重要な品目である。ゆりの原種は約100種類といわれ、このうち70種類が百合が原公園(札幌市)に導入されており、一部を公園内で見ることができる。これらはゆり育種の貴重な遺伝資源としての利用が期待できる。また、豪華で香りの強い「カサブランカ」に代表されるオリエンタル・ハイブリッド(以下Hbと表記)の親となったヤマユリ、ササユリ、カノコユリ等の原種は日本の固有種である。ゆりの園芸品種は、イギリス王立園芸協会で9つのグループに分けられている。このうち、オリエンタルHb、アジアティックHb、ロンギフローラムHbの3つのグループの品種が主に栽培されており、その多くはオランダで育成され、球根が輸入されている。北海道での栽培は、オリエンタルHbに偏っている。
アジアティックHbは、以前日本でも民間育種家を主に育種が盛んに行われ、栽培もされてきたが、現在日本での育種は衰退、オランダでも縮小傾向である。オランダでは、新品種が、毎年たくさん作られている。近年、黄色のオリエンタルと称されるOT-Hbを育成するなど、遠縁種間育種が盛んになっている。オランダでの新品種創生のパワーはすごいもので、消費者のニーズをいち早く捕らえて市場を制覇している。
<北海道での花ゆり育種>
北海道におけるゆり育種では、民間育種家の藤島昇吉氏が有名で、戦前よりアジアティックHbの品種改良に着手し、「明錦」、「金扇」等多くの品種を育成している。オリエンタルHbでは「白妙」を土屋淳二氏が、また、板垣寿夫氏は北海三共においてアジアティックHb「レッドブライアン」等を育成し、その後材料を引き継ぎ育種を続けている。
道立農試のゆり育種は、戦前より道内に自生するエゾスカシユリの改良から始まる。平成4年からは、バイテク技術の一手法である胚培養法を利用した遠縁種間育種を開始した。これらの交配では、柱頭に花粉を受粉する通常の柱頭受粉とは異なる花柱切断受粉法を用いる。めしべを1cm程度残して切断し、さらに数mm縦に切り、その間に花粉をつけることで、花粉管の伸張が途中で止まってしまうことによる交雑不親和性が打破でき、受精が成立する。培養による雑種獲得には、最初から操作が大変な胚培養を行うよりも、最初に胚珠培養により発芽を促し、未発芽の胚珠より胚を摘出し胚培養を行う2段階の培養法「胚珠-胚培養法」が操作が容易で効率的であることを明らかにし、利用している。培養時の雑種胚が大きいほど発芽率は高く、0.1~0.2mmの微小胚の発芽率は10%以下、一方1mm以上の胚では70%を超える。「胚珠-胚培養法」では、胚摘出時のダメージが小さく、また胚珠培養時に胚が生育することで、より多くの雑種が獲得できる。これにより多くの遠縁雑種獲得が可能となるが、この技術にも限度はあって、親側と花粉側との限定はある。例えば、LAハイブリッド(Lが
種子親、Aが、花粉親)は、できるが、逆は出来ない。
花卉の育種家にとってのキーワードは、『新奇性』である。あえて『奇』を使用して、奇抜、奇天烈、奇妙な、今までどこにもなかった花を目指すことが、市場で認識される重要な視点である。
種々の雑種作りを進めている。ロンギフローラムHbとアジアティクHbの雑種であるLA-Hbをはじめ、原種ヒメユリを利用した小輪アジアティックHb、耐病性に優れるトランペットHbを利用したOT-Hb、LT-Hb、さらに雑種獲得が困難なOA-Hbなど、たくさんの雑種を作り出している。これまで、
2品種を発表しているが、栽培、出荷には至っていない。球根増殖がネックになっており、組織培養による大量生産も計画中である。
多くの新奇な素材は作出できても道立農試だけでは市場性の把握は困難である。花きの世界では数年に一度の品種育成では相手にされず、また即種苗が供給できなければ流行遅れとなる。今後は、試験場、生産者、市場、種苗会社等との連携、協働による早期品種化体制、さらには品種化後、すぐに市場評価できる球根増殖・養成体制の確立を目指す。新品種を他産地との差別化が図れる北海道のオリジナル品種として、道内の産地で利用してほしい。また、独自品種を持つ事で、北海道の花き生産者に希薄な良いものを消費者に届けたいという意識(こだわり)が芽生えることを期待する。
(閉会の言葉)
閉会の言葉で、道央バイオ研究交流会の伊藤幸良会長は、次のように締めくくられた。
恵庭市は、道内一の花の街として有名になり積極的なアピールも行っている。国土交通省の最優秀賞を昨年受賞している。ガーデニングを本格的に行っておられ
る個人も多く、個人の庭も観光マップに載せてオープンガーデンとして楽しんでもらえるようになっている。このバイオ研究会も、明日からの花のお祭り「花と
暮らし展」の週間にちなんで開催したものです。バイオ技術の中で花卉技術も育ててゆきたい。
(文責:HOBIA企画運営副委員長 浅野行蔵)