第106回例会 講演報告

 去る4月23日、開かれましたHOBIA第106回例会におけるご講演2題の概要を
以下に報告します。
 
「さっぽろバイオクラスター作り近況と将来」 
Bio-S 事業総括 鈴木 文夫 氏((財)北海道科学技術総合振興センター)
 
 Bio-Sは、文部科学省の知的クラスター創成事業の第Ⅱ期事業にあたる。
最終的なミッションは、国際的なバイオクラスターを作ることであり、北海
道発「健康科学産業」の創出の一端を担う事を目指している。
食品の機能のうち第3次機能の評価が、Bio-Sの活動内容であるが、食品機能
をターゲットとする際に幾つかの難しさがある。特定保健用食品(トクホ)を
開発して許可を取得しても、医薬で見られる様な先発権という保護が無く、
食品であるので物質特許を取れず、創業者利益が少ないと言える。大学の知を
利用すると言っても、食品という範疇では医薬モデルは使えず、新しいモデル
も検討する必要がある。
  事業の狙いは、食の評価手法を事業化する、分析技術、バイオマーカーで知
 財を取得し事業化へ繋げたい。食は、機能的にはゆっくり、穏やか作用する。
 だからこそバイオマーカーを見出す事は、重要である。Bio-Sは、これらの
 サイエンスを通じて研究開発駆動型の地域経済を作ることを目標としてH19年
 7月にスタートした。現在、参加は10大学40企業が参加している。事業を意識
 した知財マネジメントを行う為に、本部内に知財委員会を作って調整しようと
 している。又企業との共同研究に関しては、共同研究契約に財団が入って、
 責任ある共同マネジメントを行い、プロジェクトによっては産(道内)産
 (道外)学の協同の仕組みを作っていきたいと考えている。 
 大きく3つの事業モデルをたてている。(モデル1) 食品の機能性評価。
ここでは、免疫・アレルギー、認知機能、代謝機能に関する新たな評価技術を
確立し、既存の製品のプロモーション的評価及び「道産の食材或いは食材候補
」の探索を行っている。(モデル2)バイオマーカーでは、大学では分析手法
構築・サンプル取得を行い、知財を確保し、企業が検査システム構築・実用化
を行う。バイオで一般的な知財を基礎とした事業モデル(大学発バイオベン
チャー等)も追求できる。(モデル3)臨床にリンクする生物学的評価系を食
品の機能性評価だけでなく、創薬にも応用するやり方である。大学では評価手
法を企業に導出し、本格的探索は企業で行う。
  モデル1の3つの研究領域の一つである、免疫・アレルギー領域では、綾部
 教授が腸管免疫の評価系構築、菅原教授がプロテオグリカンの用途開発、 西
 村 孝司教授は免疫バランス改善作用を示す素材開発、 五十嵐教授はスフィ
 ンゴ脂質関連の評価手法確立及び素材開発、瀬谷教授は、免疫活性化物質の
 開発、安居院教授はホヤの用途開発を行っている。しかし、免疫分野ではト
 クホ領域で、ヘルスクレームが取れていない。今後の展開として、大きな課
 題である。第2の領域の認知症では、稲垣教授及び小海教授が異なるアプロ
 ーチで、アルツハイマー病のバイオマーカーの探索を行っている。供に高精
 度LC-MSMSが重要な分析手段として用いられている。代謝領域では、松井・
 伊藤教授らがエピオリゴ糖の開発、原・小林教授が高脂血症領域での新しい
 バイオマーカー探索、宮下教授がフコキサンチンの開発、若宮教授が、抗酸
 化の評価による食材開発支援研究を行っている。抗酸化能を正確に測定する
 ためのESRを用いた技術開発は、藤井教授らが経産省施策との連携として進
 めている。また3つの領域を支える「共通基盤技術」分野では、西平教授ら
 が、機能性食品ヒト介入試験も含めた開発インフラ作りと機能性食品に関す
 るデータベースの構築を行っており、医療・バイオ情報解析センターの設置
 への活動も行う予定である。
 国際的に通用するバイオクラスター作りには、何よりもまず革新的サイエ
ンスが連続的に創出出来るシステムを作る必要がある。大学・公設試の改革
、大手企業の誘致、税制優遇等も含めた特区作り等の関連部署に依るサポー
トが必要なことは明らかである。グローバルな視点も不可欠で、成長市場と
リンクする、とくにアジア欧州市場への展開を念頭に置いた運営を行いたい。
(文責:浅野行蔵 HOBIA企画運営委員会委員長)

続き



「イノベーション創出に向けてJSTの役割」
独)科学技術振興機構 産学連携事業本部
 主任調査員 中西 俊秀 氏
 イノベーション創出課というところに所属して産学共同シーズイノベー
ション化事業に携わっている。イノベーションとはJ.シュムペーターの
定義では「企業家による新結合の遂行」とされている。内閣府のイノベー
ション25では「社会にとって「全く新しい仕組み」を提供すること。」とさ
れ、総合科学技術会議の定めた第三期科学技術基本計画では「科学的発見や
技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生
み出す革新」と定義されている。また、P.ドラッカーはイノベーションの機
の源泉として7つの要素を示しており、そのうちの一つ「新しい知識の獲

得」が一番難しい問題であるとしている。まさに科学技術の成果がこれに該
当することに留意する必要がある。
 日本学術会議等の意見をまとめた産学官連携推進会議では2025年を展望し
て、「生涯健康な社会、安全・安心な社会、多様な人生を送れる社会、世界
的課題解決に貢献する社会、世界に開かれた社会」を未来像としている。
イノベーション25の政策ロードマップでは、社会システムの改革戦略や技術
革新戦略ロードマップを描いており、イノベーションを担う研究開発体制の
強化を提唱している。
 研究開発の過程における「死の谷」と「ダーウィンの海」を越えたところ
に、事業化の未来がある。産学官連携と共同研究・開発の範囲は、過去現在
未来で見ていくと、学・官及び大企業の役割が変化しており、ベンチャー企
業の役割が今後重要になっていくと思われる。こうした流れの中でJSTのミ
ッションは2つあり、①「技術シーズの創出を目指した、基礎研究から企業
化開発までの一貫した研究開発の推進」と②「科学技術情報の流通促進など
科学技術の振興基盤の整備」である。その中で様々な公募事業を行っている。
 H19年度の科学技術関係の政府関係予算は3兆5,113億円である。一方、
JST 関係予算は約1,130億円で、その内、基礎研究に51%を、技術移転関連
に20%を投下している。
 イノベーション化のイメージでは線型モデルのイメージで説明すると、
アイデア・仮説→シーズ候補→顕在化シーズ→→実用化の順に流れるスキー
ムを想定している。JSTの基礎科学よりの事業には「産学共同シーズイノベ
ーション化事業」等と、地域向けの「地域イノベーション創出総合支援事業
」等がある。私どもが担当している産学共同シーズイノベーション化事業は
この流れの初期を支援または加速するものである。産学共同シーズイノベー
ション化事業とは、大学等の優れた基礎研究に着目し、産業界の視点から
シーズ候補を顕在化させ、大学等と産業界との共同研究によってシーズを
育成し、大きなイノベーションの創出に繋げることを目的とする事業であ
る。Step 1の顕在化ステージでは産業界の視点で大学等の研究に潜在する
シーズ候補の顕在化の可能性を検証し、シーズの顕在化ができればStep
2の育成ステージに進む。
 顕在化ステージをもう少し詳しく見ると、出会いの段階と対話の段階を通
して課題を明確化し、その後の共同研究の段階に進む。書類審査で採択が決
まれば、最長1年の研究期間で、1課題当たり8百万円程度の研究費を提供す
る。応募の要件としては、あくまでも大学で見出されたシーズ候補を顕在化
することが目的となっており、企業に属する「シーズ顕在化プロデューサー
」と大学等の研究リーダーとの連名での申請が必要である。シーズ顕在化プ
ロデューサーの要件は、自ら研究開発を行う能力があり、日本の法人格を有
する民間企業に常勤していて、研究全体のとりまとめに関し責任を持つこと
となっている。また、研究リーダーは、研究期間中に国内の大学等に常勤の
研究者として所属している必要がある。前提条件としては大学発のシーズ候
補があることで、それをシーズ顕在化プロデューサーが中心となる産学共同
研究チームで検討して、結果として顕在化されたシーズを基にイノベーショ
ン創出プランを作ることが必要となる。顕在化ステージの管理・運営の面で
、JSTはPD、POを核とした支援組織を構築し、事前評価・事後評価、終了後
のフォローアップ等を実施する。JSTと大学や企業とは委託契約を結ぶこと
になり、参加する共同研究チーム間では共同研究契約を結んでもらう。
研究により得られた知的財産権については、産業技術力強化法第19条の条
文(いわゆる日本版バイドール法)を適用し、発明者が所属する機関に帰属
する。
 審査の観点は5つある(①「課題の独創性」、②「目標設定の妥当性」、
③「産学共同での研究体制の妥当性」、④「提案内容の実行性」、⑤「イノ
ベーション創出の期待」)。これらの観点に対し、POがアドバイザーの協力
を得て審査を行い、採択課題を選考する。ここで注意してもらいたいのは、
競合技術と比較したときの優位性や、目標が挑戦的で実現性もあることが必
要である。また学のシーズ候補が明確にされている必要がある。さらに企業
と学の役割分担が適切であることも重要である。
 今年度は既に1回目を締め切ったが、6月9日と8月4日締め切りのあと2回
チャンスがあり、年間110課題程度を顕在化ステージで採択する予定である
。応募数の推移を見ると、H18年度とH19年度の何れも3回目に応募数が増え
る傾向があるので、早い回での応募がお奨めである。H19に採択された事業
の傾向では、資本金1,000万円以下のベンチャー企業も8%位含まれている。
大企業や中小企業、ベンチャー間で採択率に特に差がないことが分かる。
技術分野に関しては、農水・バイオ、生活・社会・環境及び医療・福祉の
バイオ関連分野で47%と半分近くを占める。シーズ候補を見出したきっか
けでは、イノベーションブリッジのような報告会とするグループも多い。
イノベーションブリッジは学会の開催中に同時開催したり、大学毎に開催し
たりしている。
 育成ステージは6/2(月) ~ 8/18(月)に募集しており、最長4年度に渡り
5,000万円程度/年度で、企業側のマッチングファンドを含めると4年間で4億
円程度の資金となる。応募の要件として、特許やノウハウのような顕在化さ
れたシーズが必要である。申請者の要件としては、シーズ育成プロデューサ
ーと研究リーダーを置き、シーズが知的財産権の場合はリーダーがその発明
者であることが必要である。育成ステージは、顕在化シーズの実用性を検証
することが目的で、成果として試作品等の目に見える形で中核技術の構築を
する必要がある。医薬品であれば、前臨床の段階まで進むイメージになる。
企業側で用意するマッチングファンド型の自己資金は数パターンあるが、
例えば大学に3,900万円JSTが支出する場合、そのうち間接経費を900万円
とすれば、実際の研究費である直接経費は3,000万円となるが、企業側は
この3,000万円分のマッチングファンドとして自己資金を支出していただ
く。特に、申請時の資本金が10億円以下の企業の場合は、マッチングファ
ンドとしての企業の支出分は、その半額でよいことになっている。
 審査の観点は「顕在化ステージ」とほぼ同じで、最後のところが⑤「イノ
ベーション創出の可能性」となっているところが異なる。初年度のH18年度
は40件の応募に対して採択は10件で4倍程度の競争だったが、H19年度は
72件の応募に対して9件の採択となり、競争率は8倍になった。この内顕在化
ステージを通ってきたのが、応募の段階で35件、採択で4件であった。育成
ステージの締切は8月18日で、採択の発表は11月を予定している。この間
に、書類選考である程度絞った課題に関して面接選考を行う。
 JSTではこの他に「地域イノベーション創出総合支援事業」を「JSTイノ
ベーションプラザ北海道」で運営していて、シーズ発掘試験やシーズ育成試
験などのメニューがある。その中から、我々の部門の事業に応募されるもの
も多い。
 産学共同シーズイノベーション化事業のスキームでは、いわゆる死の谷に
掛ける橋としての事業を進め、資金面での援助を行っているものであるが、
ここでは研究者と企業が協力してこの谷を渡れるように支援しようとしてい
る。
 ここに産学連携の必要性を示す示唆に富むデータがある。日本特許の分野
別に、特許1件当たりの引用科学論文数を玉田俊平太氏が調べた研究では、
バイオテクノロジー分野では特許1件当たり11.46件となり、他の分野の引
用数を大きく引き離している。また、その引用文献の出所を調べると大学が
60%を占め、18%が国立研究所となっている。他の調査でも、「過去3年間
に企業の新規事業につながる情報源どこから得たか?」との質問に対し、
医薬品産業に関しては90%超が大学から、80%程度が国立研などから、同
じく80%程度が学会などから得たとしている。この様にバイオテクノロジー
の分野では、大学における基礎研究が事業化の役に立っている例が多いこと
が分かる。日本だけでなく、アメリカのバイオベンチャー119社が株式上場
までに取得した特許で引用している論文では、その著者の72%が大学等の職
員のみ、12%が大学と民間会社の共著、16%がその他となっていて、大学の
研究成果が重要であることが分かる。また、シグナル伝達及び転写制御領域
の研究(62件)の資金源は49.0%がNIHからの研究資金で、公的機関の支援
が重要であることも分かる。このようにバイオテクノロジーの分野は、産学
連携が従来から効果を挙げている分野であることが明確になっている。
 とは言え、産学協同によるイノベーションでも、本当にイノベーションを
起こすことは容易ではない。その理由として、産総研の理事長である吉川氏
は、研究の段階には夢・悪夢・現実の時代の流れがあり、先程の死の谷に相
当する「悪夢の時代」を乗り越えるには、資金だけでなく別の問題があるこ
とを指摘されている。事業化には基礎原理・現象の解明、基礎技術の確立、
周辺技術の統合、そして製品の開発の4つステージを超える必要がある。
研究の流れでは、現象・実態→属性→機能→価値・意味を追っていけるが、
実用化・事業化ではこれと反対の方向での見方をすることが必要となる。
その場合、その要件が一義的には決まらないことが事業化の難しさとなっ
ている。生物進化の環境における選択による循環ループモデルのように、
選択のシステムによる適応が、系全体の継続に必須となっている。産学共
同シーズイノベーション化事業においても、大学のシーズを企業がしっかり
と選択をして、さらにそこから出てきた提案をJSTが評価し、より良い課題
を採択していく必要がある。この原則を推進することにより、産学共同によ
るイノベーション創出を目指したい。
 北海道バイオ産業振興協会の皆さまはこれまで説明したようにフォローの
風を受ける環境下にありますので、産学共同で一層のご発展を心から期待い
たしますとともに、奮ってJSTの事業に応募いただきたい。
 
質問: 事業化の際のダーウィンの海を越えることが大変で、社会からの理解
   を得られないと先に進めない。FSはダーウィンの海を越える良い方法
   ではないかと思う。関係者の理解を得ること、需要の予測、事業化の
   シミュレーション、コストの計算などを経る必要があるが、社会科学
   的な分析が必要ではないかと思う。
回答:社会環境の整備の必要性は、先程説明した「イノベーション25」でも
   提唱されており、JSTでもその重要性を理解している。これに関しての
   分析と支援をしているグループもある。難しい問題であるが大変重要な
   問題だと思う。
質問:①採択における倍率が上がっているが、応募件数としてどれくらいの倍数
    が必要と考えているか? ②POはプロジェクトに責任を持つのか?
回答:①課題の質を上げるためにも個人的には5倍程度は必要ではないかと考え
    ている。
②各課題に責任を持つのはプロデューサーで、POは分野ごとの審査を行う。
   産学連携関連のプログラム全体についてはPDが見る。
質問:成功に向かっている事例があれば、それを教えてほしい。
回答:当初はバイオとしていたが申請課題が増えてきたので、昨年度から、医療
   分野を分離して受け持っているが、この分野は時間がかかることもあり
   まだ成功事例といえるものはない。しかし、期待できる芽はいくつか出
   てきている。
(文責:富永一哉 HOBIA企画運営委員会副委員長)