「HOBIA 104回例会」 実施報告

去る4月27日(金)、ホテル札幌ガーデンパレスにおいて開催された標記講演会での講演内容を紹介します。

=== 講演1 ======
【演 題】「バイオにおけるイノベーション創出の施策について」
【講演者】経済産業省製造産業局
生物化学産業課 課長 徳増 有治 氏

バイオにおけるイノベーションの創出とは、例えば、医療を含めた健康に関する分野や環境に関する分野において、新たな価値を創造することである。
現状を説明するのに先立ち、まず、バイオテクノロジーがどのように発展してきたのかを考えると、根本には、生命現象の理解の促進がある。そこに新たなサイエンスの発見がある場合、それを詳細に理解するために深く観察する必要があることから、分析技術の向上、より適切な分析機器の開発がなされる。その結果、蓄積された観察・分析データは技術シーズとなる。そのシーズは、一方ではベンチャーが育成されたり、ナノテクやIT、インフォマティクスと融合して新たな価値が創造され、ビジネスが産まれ産業として育っていき、他方ではさらに理解が促進されるべき生命現象の発見に繋がる、というサイクルができあがっている。
日本のバイオの現状を見てみると、バイオベンチャー企業は500社に迫り、投資も増加しているとはいえ、技術としては伸びているが市場は拡大しているわけではない。米国のバイオベンチャー業界がここ2,3年で概ねプラスになるであろうと予想されているのに対して、日本においては、社会全体のリソースがまだベンチャーに向いていないといわざるを得ない。
それでは、日本のイノベーションシステムの現状がどうかというと、研究開発投資が収益に結びついていないといわれる。欧米諸国と比べて、日本の研究者の職場移動回数は極端に少ない。これが研究や技術の固着化を生んでいるといえる。また、ベンチャーキャピタルの投資が進んでいないことも一因である。ベンチャーキャピタル自体は少なくないのに、投資額は米国の数%に留まっているのが現状である。さらに、ベンチャー企業と一般企業との住み分けがはっきりしていないことも関係している。例えば創薬でいうと、米国では、ターゲットが少なくよりリスキーな、一般の製薬会社では手を出せない部分をベンチャーが補っているのである。
 
次に、日本のイノベーションシステムの課題、特に、バイオ分野における構造的課題を見ていく。研究とそのシーズを活用した事業化の間には、The Valley of Death(死の谷)と呼ばれる空白地帯があり、そこを乗り越えたとしても、実際に事業化するに当たっては、政府の規制や医療関連市場の特殊性を背景とした「巨大な壁」が高く聳え立っている。例えば、創薬でいうと、新薬の開発において、フェーズⅠからフェーズⅡに持って行くには数十億円かかるといわれているが、規制やシステムの不透明性等からベンチャーの資金調達が困難で、これが創薬イノベーションの阻害に繋がっている。また、大企業が、抱える技術や人材のビジネス化を決断できないことにより、技術や人材の流動化、ビジネス化が進んでいない。
 
これらを踏まえた上で、バイオ分野に期待されることとしては、高い技術水準を生かせるような日本版オープンイノベーションシステムの構築であり、そのためには大企業の有する技術、人材等の積極的な市場投入や、自前主義からの脱却とアライアンスの強化が必須である。国民的、社会的価値がなければ国として振興する意味はないのであり、医療の分野でいえばこれまでのシックケア(治療優先)から真の意味のヘルスケア(予防優先)に移行せねばならない。
 
そのために政府では現在、厚生労働省、文部科学省、経済産業省が一体となった医療・健康分野における制度改革を進めており、厚生労働省もベンチャーの必要性について明示的に言及している。また、創薬分野でいうと、研究、臨床、審査について、横の連携はまだ充分ではないが、TRへの省庁横断的な取組が進められている。
また、審査段階では国際共同治験も睨みながら、迅速化のため新薬の上市までの期間を現状の4年から1.5年に短縮しようとするなど、大きな動きが出てきている。
こうした政府全体の動きのきっかけともなったイベントが6月4日に行われるライフサイエンス・サミットである。パネルディスカッションでは、第一部では臨床研究システムの改革について、第二部ではバイオベンチャーの役割と社会的活用について話し合われることになっている。政産学官それぞれがそれぞれの資源を持ち寄って、それぞれが汗をかきながら現状を変え、我が国の制度的枠組みの変革や、創薬に代表される巨大な壁の打破を試みようとしているところである。
 

=== 講演2 ======
【演 題】「産総研ゲノムファクトリー研究部門におけるバイオ研究の最新動向について」
【講演者】独)産業技術総合研究所
ゲノムファクトリー研究部門長 鎌形 洋一 氏

産総研は9千人が働く大きな組織である。独法化後、地域によって特徴を出しており、北海道センターは、バイオに特化して、植物と微生物の生物材料を使った産業化を目指している。以下、いくつかの研究事例を述べる。

1)第2世代の組換え植物

犬のインターフェロンを遺伝子組換えでイチゴに入れて「完全密閉型植物工場システム」で生育させ、医薬製剤原料の生産を行う。密閉型植物工場は、2007年1月に竣工した。植物工場を用いてこれらから多くの医薬品製造実証試験を行ってゆく予定である。生産システムの安全性と経済性を実証することにより、植物機能を活用した新たなものづくり産業の創出につなげ、分子農業を目指している。
植物の遺伝系を替えることは時間がかかり大変だが、重要な仕事である。次のような例もある。木を作る遺伝子の研究である。この遺伝子を壊すことができると2次木部の形成が阻害され、木が直立できなくなる。生育すると垂れ下がってしまう木ができた。メリットは、酵素分解しにくい部分が少なく、バイオエタノール素材として活用できる可能性がある。

2)不凍タンパク質の構造

水を凍りにくくするタンパク質である。これまでずっと北極や南極およびそれらの周辺に生息する生物だけが有すると信じられてきたが、いろいろな魚に存在していることを津田らが発見した。ワカサギやカレイなど40種類以上の身近な魚が持っていた、不凍タンパク質を魚体から安価に大量に精製する技術を開発した。インクを含んだ液でも均一に凍らせることがでる。すなわち、細胞の保存にも使えるほか、食品の高品位凍結保存が可能となる。未利用の雑魚からかなり安価で取ることができる。

3)酵母の研究グループ

低温でタンパク質を発現できると様々な利点がある。生産タンパク質の不溶化や分解の抑制などができることである。低温に強く、人と同じ真核生物である酵母をホストとして用い、低温に最適化した発現系を作った。DNAマイクロアレイを用いて 酵母の低温での遺伝子発現を網羅的に解析した結果、酵母を低温下に置くとある種の遺伝子発現が増えることがわかった。この系を利用して、大腸菌では発現できなかった72種のタンパク質の発現を試みたところ、26種類を酵母の低温発現系で発現することができた。

4)酵母ハイスループットレポーターアッセイ系の開発

遺伝子の発現を可視化するための技術である。海ホタルのルシフェラーゼを使っている。分泌型のシグナルペプチドを持っているので、培養液の上澄みに出てきて、すぐ検出が可能である。紫外線を当てるとくっきり光って見える。これを利用すると、タンパク質相互作用解析、プロモーターの機能解析などの解析が容易にできる。例えば環境ホルモン物質の検出を15分で行える例もある。本件は、商品化され、すでにATTOから販売されている。正式には分泌型CLucアッセイと言い、産総研セルエンジニアリング研究部門ならびに私たちゲノムファクトリー研究部門で開発された。

5)アミノ化試薬の開発

全く独自のアミノ化試薬の開発が成功した。この技術は、非常に短い時間で企業化されたという特徴もある。使い勝手が良く、安価である。DNAチップやオリゴヌクレオチドプローブの標識化などに今後大きな市場を持つことが期待されている。

=== 講演3 ======
【演 題】「HOBIAの目指すところ」
【講演者】NPO法人北海道バイオ産業振興協会
会長 冨田 房男

HOBIAは、その前身である北海道バイオインダストリー懇話会(HOBIC)以来、北海道におけるバイオインダストリー振興のため、地域バイオ育成講座、バイオ技術研修、バイオステージなどさまざまな事業を通し、みなさんに「バイオとは何か」をお知らせする活動をしてきた。また、主として食品産業と協同する事業や大学などと協力して実際の技術の普及に務めてきた。ところが「バイオの世紀」と言われる21世紀を迎え、それだけでは足りないということになってきた。
北海道の工業出荷額のグラフをみれば分かるように、アグリバイオの占める比率は55%を超えて、とても大きい。そこで、アグリバイオ分野での活動をしようと経済産業省の事業「バイオ人材育成システム開発事業」に取り組み、バイオの人材を育ててきた。ところが、人材は育ったものの、それだけではまだバイオ産業振興には弱いという判断のもと、平成17年度から「フーズ&アグリ・バイオネットワーク事業」を開始した。
この事業により、HOBIAがこれまでもっていた企業や大学人のネットワークと、生産者(バイオ素材供給者)のネットワーク、それに製品開発・供給のネットワークのそれぞれをつなぐ流れをつくることができた。今年度はさらにこの事業を発展させ、「製品開発・供給のネットワーク」を大きくし、流れに一貫性をもたせるための基盤づくりに力を注ぐ予定である。この事業の狙いは、ネットワークに企(起)業家精神に富んだ方々が沢山入ってくれるで、目標値は50~100者・社としている。「者」は生産者を指すが、農業生産者も法人化することで、一人前の「社」と変化していただくことを期待している。
これまでHOBIAの事業活動は、「バイオとは何か」をお知らせすることが中心だったが、これからは「産業おこしにも大きく力を入れていく」という意志を表明するものである。バイオアイランド北海道実現のために、近畿バイオインダストリー振興会議等の多大なご協力もお願いし、BT戦略に掲げられた未来社会「生きる・食べる・暮らす」の実現へ向けて、より一層、活動を活発にしていく事が大切である。3年目を迎える経済産業省からの事業を中心に、北海道のバイオ産業発展のための基盤を作ると共に、生産現場から市場までを貫いて活動できるように進めるのが今後のHOBIAの役割と考え、フーズ&アグリ・バイオネットワーク事業を中心に据えながら、環境・医薬にむかっても同様な一貫性の取れた活動を指向するつもりである。また、バイオマスへの展開も図るつもりである。クリーンエネルギーは、北海道の大きな事業になりうるものであり、20世紀型技術では解決不可能であった制約(健康長寿の制約、食糧供給における制約、環境エネルギーにおける制約)を解決できるのはバイオテクノロジーでると明確に認識し、「生きる:環境と長寿の達成」、「食べる:食料安全性・機能性の向上」、「暮らす:持続可能な快適社会の実現」を目指すことを掲げている。
これらは、バイオアイランド北海道でも述べられていることであり、農と食に立脚した「食と健康」の新産業革命である。例えば、ニューバイオテクノロジーをポジティブに利用して、栽培から最終製品そして流通までを一貫した、効率的でなおかつ安全な食品産業の構築が「バイオアイランド北海道の再構築」であると言えよう。いわゆるアグロビジネス(農林水産業、食品産業)はもちろん、環境産業、医薬品産業(まだ北海道には育っていないが)などの振興を望めるところである。ここで再確認しなければならないのは、北海道は、米国やEUのように食糧生産地であることを十分に頭に入れておく必要がある。わが国の他の地域とは大きく異なるのである。つまりバイオ産業(生物生産産業)の振興なくして北海道の経済は存在価値を失うのである。いわばバイオ製造業の振興なくして北海道は存続できないのである。
そのためには、遺伝子組換え技術を含む最先端技術の利活用なくして新産業の創生も既存産業の発展もないのである。消費するだけで食糧生産の実態のわからない他の地域やそれにこびるような行政は必要ないのであり、もっと積極的なバイオ産業振興策をとる必要がある。単なるイメージ策ではなく、実質的な成果の出る方向に指向しようとするものである。